博多駅

現在の博多駅は1963年12月1日に開業しました。開業当時は8番線まであり、筑肥線は1、2番線を使っていました。ただ、筑肥線の客車列車だけは、たぶん回送の関係で到着が4番線と、出発が7番線を使っていました。
2011年に新しい駅ビルが開業し、九州新幹線のホームが新設されました。

博多駅のホームの向きは、旧博多駅などの昔からの記憶のせいか、間違って入る方が多数のようです。
 旧博多駅(現 博多区役所)のホームは東西から約45度傾いていて、北東から南西に向かっていました。
 現在の博多駅のホームは、ぴったり南北に向かっています。
  つまり、ホームの小倉方向が真北で、久留米方向が真南です。
  従って、博多口を出ると真西に向かい、 筑紫口が真東になります。

画像をクリックすると拡大写真が御覧になれます。

2003年頃の博多駅前

つい最近の博多駅の様子のつもりでしたが、いつの間にか過去の写真になってしまいました。


2003. 6/21
2003年の博多駅前
駅ビルは開業当初の40年前とほとんど変わっていないが、バスセンターや、まわりのビルは大きく変わっています。
この駅ビルは建て替えのため現存しない。

2003. 6/21
2003年の博多駅前
昭和54年までは、この前の道路を西鉄の市内線が走っていました。
この駅ビルは建て替えのため現存しない
 福岡駅

1978. 10/12
福岡市内のJRには「南福岡」駅はあっても、「福岡」駅はありません。(西鉄にはあります)
JR福岡駅は上記写真のような、或る所にあります。(但し、上記の写真は国鉄時代の撮影なので、今はどうなっているかは不明です。新しい駅舎になっているとの噂もあります)


冗談で買った訳ではないが、福岡駅からの切符(1978年10月12日発行)

1975年頃の博多駅筑肥線ホーム

筑肥線が廃止されるまでは、1,2番線が筑肥線でしたが、2番線は鹿児島本線の電車も使っていたので架線は張られていました。
1番線は行き止まりで筑肥線専用であり、架線は張っていなかった。


1975
DE10 71を先頭に筑肥線の客車列車が竹下から回送されて、2番線に到着。1両目(実際は最後尾:すでにテールライトは点灯)はスハフ42のようだ。以前はオハフ61でした。
昭和40年台は朝の東唐津発上り列車は4番線に到着し、そのまま吉塚まで回送して、竹下客車区戻っていた。夕方の下り東唐津行きは7番線発でした。竹下(客)への回送線が出来てから、着・発とも2番線となったようです。
先頭のDE10。九州内なのにスノープロウを付けている。また、前後のナンバーの下地は普通は(門鉄は)赤なのに、本州とおなじ白になっているのが不思議です。


1975
昭和40年台の東唐津側先頭はオハユニ61(時々スハニ32も使っていた)でしたが、この時(1975年)はオハニ61となっていました。最後の頃はオハニ36となっていました。

1975
博多駅2番ホームは筑肥線と鹿児島本線が使用していた。右に1番線に到着した急行平戸のキハ58系が見える。1番線は電化されていず、行き止まりだった。 (写真の手ぶれはご容赦)


1975
1番線ホームから真西を撮影。博多駅のホームは、ほとんど南北向いているので、この方角が西になる。この当時まだ、西鉄市内線が走っていたし、西鉄バスも旧塗装。

2003. 6/21
左と同じ場所からの撮影を試みたが、看板やプレハブが遮って撮影不可能であった。
手前の屋根上にいろいろな物が載ってしまって駅前が見えない。それ以外は、28年経ってもあまり変わっていないかのように見える。2009年には、九州新幹線と新駅ビル工事でホームから駅前は見えなくなってしまった。

1975年の博多駅風景

1975年といえば、新幹線が博多まで延長された年でもあり、福岡博覧会も開催された。


特急有明が到着。

特急有明(回送?)が出発。

出来たばかりの山陽新幹線をドクターイエローが行く(この編成はもう見られない)。

郵便客車を牽くED76

急行の先頭に立つ島原鉄道のキハ2601。

同左。号車番号は「増」となっている。

行き先は加津佐であった。「加津佐駅」は廃線となってしまって現存しない。島鉄のマークはもう博多駅では見ることは出来ない。

クハ411門司港行き。奧の1番線筑肥線ホームには旧塗装の35系が見える。

1976年頃
ブルートレンインを牽引してきたED73
8番線にて
右側の通過側線の場所は、最近まで篠栗線(福北ゆたか線)のホームがあったが、九州新幹線のため、新11,12番線が建設されている。

1975年
まだ駅前を西鉄の市内線が走っていた。この駅ビルも建て替えられて現存しない。

1972年の博多駅

国鉄といえば春闘のストライキが思い出されるが、最近ではストライキもほとんど姿を消した?


春闘華の頃。
DD13 233 もこの有様。4,5番線の間の留置線。

特急つばめ も岡山からの新幹線連絡として活躍していた。6番線から出発した下り熊本行きか回送?

1967年の博多駅

寝台特急電車の先駆けである581系(月光形)電車の展示会が下のように行われた。


(1967年9.16)
581系寝台電車登場時の記念展示会の様子。博多駅6番ホーム(?)での展示。

左記の展示会記念入場券。この日は、無料で博多駅に入場できた。

1966年の博多駅


駅の北側(1966年)
筑肥線の客車列車の回送が4番線から吉塚に向けて出発。最後尾はスハニ32。
まだ新幹線はできていない。

駅の北側(1966年)
上の「有明回送」の写真と見比べてください。

駅の南側(1966年)
筑肥線ホーム2番線から見る。まわりには何もない。

セムが連なる上り貨物列車(1966年)
手前の道路は筑紫通り。
このまわりは現在、ビルで埋まっている。

筑肥線の引き上げ線に留置されている増結用キハ10。(1966年)
西側から撮影。右の道路は現在の筑紫通り。

1963年の新駅開業当日(S38.12.1)


(1963.12.1)
現在の博多駅(新駅)が開業した当日の筑肥線ホーム(1番線)。筑肥線が廃止されるまで1番線だけは電化されることはなかった。キハ17系の筑肥線快速が出発待ち。(この頃はヘッドマークをつけていた)

今日から使われなくなった旧博多駅の正面。この写真には写っていないが、左右は新駅への連絡のため取り壊されて道路になっていた。
木造の市内電車135が走っている。パトカーも古い!

開業当日は正面に飾りアーチが掲げられていた。

当時ではまだ珍しかったデジタルの時計が正面にある。

久留米行き下り列車が7番線に到着

駅の中央コンコース。当時は何もなかった。

駅前(西側)の賑わい。でも、道路は砂煙を上げている。駅前にはビルなんかは一つもない。左に続く道路の先は淵上デパート(現在はグルメシティ)の横に出る

遙か彼方に旧駅の駅本屋やホームの屋根、跨線橋が見える。「マツダ電球」の丸い広告塔(だったと思う)も遠くに見える

駅の裏側(というと怒られそうだから東側)は何もない。遠くに若杉山が望まれる。この駅東側は、現在「ヨドバシカメラ」や「都ホテル」などが林立している。もっとも、新幹線のホームや篠栗線のホームが出来て、この位置からは何も見えなくなってしまっているが。

8番線に停車しているED72機関車。当時は最新鋭の機関車だった。

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JR福岡駅の所在
写真は、北陸本線 福岡駅(富山県)です。石動と西高岡駅の間にあります。

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