筑肥線の(今)昔 写真集

おしらせ
このホームページ(旧)は、サーバーを変更して再開しました。
また写真の解像度も1024x768に戻しました。

筑肥線はその一部が昭和58年3月に電化され103系1500番台と地下鉄1000系の電車が走り出しました。以来、昭和61年7月の下山門駅の開業(同時に姪浜−下山門間の複線化)と平成11年の下山門−筑前前原間の複線化と、発展を続けています。ここには、それによって、過去のものとなってしまったものの写真と、出来る限りその現在の姿を載せています。
写真は手元に残っているネガを、デジタル化していますが、ネガが行方不明(特に白黒のもの)のものもあり、それについてはプリントをデジタル化しているので不鮮明な物もあります。写真の解説は「私の遠くなりつつある記憶」をもとにしていますので、間違いがあるかも知れません。そのときは遠慮無くご指摘いただければ幸いです。

筑肥線は私には一番なじみのある線で、姪浜−博多間が廃止されるまで毎日利用していました。この写真は通学・通勤途中に撮影した物がほとんどです。もともとは、別府陸橋のそばに住んでいたので鳥飼駅は一番よく利用していました。この区間が廃止されて27年経ちその面影はほとんどなくなっていますが、筑肥緑道など一部はたどることが出来ます。、小笹駅西側には切り通しがあり、道路(現在の筑肥新道)はかなり上(10数メートル)の方を走っていました。廃止後はこの切り通しを埋めて道路を拡張したので、この区間は旧線をたどるのは難しいと思います。(切り通しを広げてくれれば坂道がなくなると思っていたのに!)

筑肥線は昔から地方ローカル線ではない!

 ここに載せている揚げている写真を、今から見るとローカル線のように見えますが、これは国鉄が筑肥線に見合う設備投資をしていなかったからに過ぎません。当時の営業係数は九州管内でも上位数番に入る優良路線であり、電化前においても幹線扱いであって決して地方ローカル線ではありませんでした。今の時刻表の路線図を見てもわかるとおり九州管内でも少ない黒い線(青ではなく)で表記されています。当時の朝夕の通勤時間帯の混雑は最悪で、この状態で、1輌あたり扉が2カ所しかないような車輌を使っていたので、遅れは日常茶飯事であった。キハ35の様な3扉車が入線して乗り降りは楽になったとはいえですが。当時の国鉄には複線電化などという設備投資のお金はなかったようです。キハ35やキハ26 600番台投入の様な小手先の対応がせいぜいだったのでしょう。このような状態は103系の電車になっても変わらず、複線化ということになりました。

筑肥線の不思議

筑肥線の不思議な点 その1.
 筑肥線の駅舎は一部(小笹と大入)を除いて、なぜか線路の北側に駅舎があります(ました)。これは海岸縁に町並みがあって、それに沿って国道があり、その南側(山側)に線路を敷設したため(なぜかは知らないけれど)ではないかと思っています。

筑肥線の不思議な点、その2.
 不思議は、線路沿いのキロポストにあります。普通、キロポストは起点の駅を0kmとして、そこからの距離を表していますが、複雑な事情で今のキロポストの数値は現在の起点を0 kmとはしていませんし、最短経路の距離を表示していません。
 たとえば、姪浜駅は現在の筑肥線の起点となっていますが、ホーム横のキロポストは12.5 kmになっています。加布里駅も時刻表では15.4kmですがホーム唐津より横のキロポストは27.9kmです。
 昭和58年の電化以前は起点は博多駅でした。時刻表から見ると、博多駅は当然0kmで、姪浜は11.7km、加布里は27.2kmでした。従って、これでもなさそうです。さて、?
 これは、さらに遡ること 20年の昭和38年12月1日の新博多駅(現)の開業によるものと思われます。それ以前の博多駅は現在の博多区役所のところ(よりちょっと東側)にあって、そこからのキロ程を計算してみると、姪浜がだいたい12.5kmで加布里が27.8kmになりますから、おおよそ現在のキロポストと一致します。
  実は、まだ少し変更があったようです。姪浜-今宿の間の長垂トンネルは昭和58年の電化に際し新しく作り直し、その結果、姪浜-今宿の距離が90m程度短くなってしまいました。現在の時刻表上のキロ程は新トンネル経由になっているようです。長垂トンネルの今宿側に面白いキロポスト(100m毎の)があります。16.6kmの標識の約10m今宿寄りに16.7kmの標識が並んでいます。16.6kmは新長垂トンネル経由でここで終わりのようです。一方、16.7kmは旧長垂トンネル経由の標識で、以西はこれに続いているようです。昭和58年から平成11年までは、16.6kmと16.7kmの間が10mということでしたが、複線化によって旧線が復活したのでキロ程の不連続性はなくなりました。
 以上のように、筑肥線のキロポストは、今でも、旧博多駅を起点とし、また旧長垂トンネル経由のままになっていることになります。
こう考えると、よく「0キロポストを探す」、等という企画がありますが、昭和38年以降、筑肥線には0キロポストというものは存在しないようです。

注:画像データ(jpg)に位置情報を付けました。撮影場所が、SonyのPMBやGoogleのPicasa 3などで確認できます。

2016.9.6更新

このページはリンクフリーです

バナー(200X40)はこれをダウンロードしてください

このホームページに関する、お問い合わせ、ご意見は こちら(管理者)まで。 
 写真およびこのホームページの著作権は、管理者に属します。ご利用は非営利目的に限り無償で可能ですが、必ず出典を明記するとともに、事後でもかまいませんが、こちらまでご連絡ください(無断使用はお断りします)。